明日も無色

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24歳で超ホワイト企業をやめて無職になった男の記録です。

【ブログに感情はあるか】すべてをログ(記録)する現代人【書く意味】

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こんにちは、青色申告です。

 

今回は、ブログを書いていて思ったことを書きました。

 

【目次】

 

ブログを書く意味ってなによ

最近ブログを書こうと考えるたびに、ブログに作業感が伴うようになりました。

 

あの本を読んだからせっかくだからブログ書こう

散歩してたらいいアイデアが思いついたぞブログ書こう

今日こんなことしたよ、ブログ書こう

今日こんな面接してこんなこと考えたよブログ書こう

お、読者はこんなもの求めてるんだブログ書こう

 

そして時々

 

ああ、これ前書いたことと被るなこの記事は下書きにしよ

こんなの読まれないし書くだけブログの価値下げるな

 

と思って下書き一覧に言葉にできなかったタイトルだけの記事がたくさんあります。

 

今までブログを書いてきたのは目的がありました。

 

数多くの人に読まれるような言葉を書く

 

それだけを目指してきました。現状は本ブログもそれなりにアクセスされるようになりました。それは本当にうれしいことです。でも今はブログを書く気持ちが起きません。

 

感情はどこだ

それは感情がわかないからです。僕がものすごい勢いで文字を打つときは感情と思い出、負のオーラをまとったときです。今は何も感じない。何も感じない中、文章を書くことはできるけどそれはただのテストの答えのような、観察結果だけ書くような感じになってしまうのです。いわゆる人柱体験記ともいえるでしょう。

 

もちろん、Google上では僕の感情なんてどうでもいいことです。Google上で求められていることは検索者の答えになることを書くことです。そこに感情にはいらない作者がどういうやつでも構わないから、答えをわかりやすく簡潔に具体的に書き、滞在時間を延ばし、周回してもらうようなサイト構成にすればいいのです。そこにある根本的な動機は、「収益化」にあります。僕はプロってないので、絶賛無収入ですがいつでもプロった時に収益化できるような準備だけはしています。でも収益化するために書けば書くほど感情がなくなっていきます

 

感情と収益化は両立しないのか

それはするでしょう。主にリピーターを増やすタイプは両立しやすいんじゃないかと考えています。僕の場合は99%Googleから新規検索から流入してリピーターはごく一部です(ごく一部いるだけでもすごくうれしいです。)一方でリピーターの多いタイプは感情をつらつらと書き、いわゆる日記系、してみた系は感情も織り込みながら、収益化も図れるのではないかなと思います。リピーターがつくということは「自分のファン」になってもらうことでもありますから、商品は自分です。新規流入が多いタイプは、自分が商品ではなくて、記事が商品です。そんな違いがあるんじゃないかと思います。僕は後者の「記事が商品」なので、感情は置いていきがちになりやすいとも言えます。

 

Googleの上で舞い踊る 

アクセスが増えた

読者が増えた

収益が増えた

 

そうした嬉しいこと、まさに目に見える結果はあるのですがふつふつと感じるのは僕は書きたいことがかけているの?ということでした。そもそも普段だったら雑談するだけのためにあるような話題を構成しなおして、感情も一般化して、アクセスしてもらうように作り変える。そう、本来は自分の生活にとっていらない作業です。その作業は、自分の行動や感情、思考をすべて言葉化してGoogleに乗っけて、青色申告という人間をすべてログしているような状況です。翻れば、そこにアクセスする感情すらGoogleは計測しているのだろうと考えました。結局、すべてGoogleの思いのままなのね。と思ったわけです。

 

口語であればあるほどGoogleの検索にはヒットしないから

検索されるように言葉を一般化し、検索されやすいような言葉を選ぶ

  

これは結局Googleに人間の関心や興味をわかりやすく勉強させていただけなんじゃんと思いました。

 

すべてをログする必要はない

僕はブログを書く原動力は「卑屈」さです。誰かに貢献したいとか、誰かに喜んでほしいという感情もありますが、何よりも言葉化しやすいのは卑屈さという感情に基づくものでした。それはGoogle上では全く価値のない言葉です。ゴミくずのようなバグのような存在です。そんな価値のない原動力も毎日発生しません。その卑屈さを毎日激しくもつわけでもない、ただ一日何も考えず徹夜でゲームすることもあります。でも考えてしまう。この部分は記事になるんじゃないか?と。猛烈に嫌でした。ブログで書けるかと考えないでゲームがしたかった。

 

ブログで書くことが頭にあると

なにも楽しめなくなってしまったのです

 

これを書けば読んでもらえるというのはわかります。これはきっとアクセスされるとおもってやりたくもないクソゲーをやる。きっとアクセスされるから。

 

これを書けばあれを書けば

 

僕は少々疲れてしまいました。

 

でも反対にいいこともありました。検索することが減ったのです。ネット上の「必需」ではないことを調べなくてもいんだと気が付いたからです。ネットには答えもあるでしょう。でもほとんどが必要ではないことです。そう考えると時間が増えて、やれることが増えてきました。

 

すべてバックアップしていた

そしてそれは写真や様々なバックアップをしていても思いました。僕は心配性なのですべてバックアップを何重にも取っています。見ない写真や過去の記事からレポートまで。もちろんそれは将来の僕にとって価値のあるものです。失うなら取っておきたいのが本音です。もちろんそれは思考や言葉も同じで、僕は何重にも言葉をメモし、simplenoteに書留、google keep 、Pocket、EvernoteはてなブックマークRSS何でもメモしていました。でも何時間もかけてメモして、バックアップしていた時に思いました。

 

この事実はもうすべて消えてしまっているじゃないか

 

ということです。どんなものもすべて消えてしまっていて、それを覚えておくために写真にとりメモをする。バックアップする。確かにこれを残しておけば、将来のアイデアの糧になる。でも代わりに今の時間を消費しているのです。今できたことを次々に消費していて、一向に前に進んでいかないのです。

 

最後に

もちろん、このログ行動によって頭を整理し、次の行動がアグレッシブになることもあるでしょう。しかし、整理すべきときとやるべき時はタイミングが重要です。僕はブログを書くべくして書きたいと思いました。書きたくないときに書きたくない。書きたくない言葉は言霊が入らないから。

 

(本当は今日も書くはずではなかったのです。これは僕にしか書けないと思った本についてタイトルも思い出せず、当方に暮れてゲームをしていたらラグすぎて爆死し、じゃあ別の記事書こうかなと思ったけどこれ書く意味なくね?って思って今回何も考えずに、書きたくないんじゃという思いだけで書きました)

 

追記:一度この記事も意味ねえなと非公開にしたところ、検索したらインデックスすでにされていたので公開することにしました。駄文ですが少し修正したので読んでくれたらうれしいです

 

以上思ったことでした。

 

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