明日も無色

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24歳で超ホワイト企業をやめて無職になった男の記録です。

【マスメディア】紙の新聞は間違いなくなくなるけど、僕らが失うもの

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こんにちは、青色申告です。

 

今日は紙の新聞のお話をしようと思います。

 

【目次】

 

僕らはお金の代わりに「ギガ」を支払う

紙の新聞を読まなくなった理由。それは誰もがわかっているはずです。スマートニュースやグノシーで事足りるからです。また情報にお金を出すことがなくなりました。代わりに払っているのは、今話題のギガです。スマートニュースなどのまとめアプリ関係は広告を貼り付けて収益化しています。それによって視聴者は否応がなく「ギガ」を支払います。バナー表示や動画広告。上から忍者のように舞い降りる消えない動画広告などバリエーションは豊かです。ここで、われわれは「ギガ」を消費しながら、直接的には金銭を消費することはなくなりました。

 

失うもの「時間と能力」

ネットメディアに毎日触れて思うことは、情報を選別する時間が増えたということです。新聞であれば、一括に今日知るべきニュースがわかりました。今はあらゆる情報がさも「良質」であると並べられており、取捨選択する時間が必要になったのです。そこにあるのは「新鮮」なだけで、真実か、はたまた知るに値する情報なのかはわかりません。ただ「新鮮」なというだけで情報に触れなければならない。その時点で時間を大幅にロスしているのです。

 

しかし新聞を読んでいた世代はきっとこの大量の情報から「本当に必要な情報」だけを引き出すことができるでしょう。なぜなら、新聞は記者が本当に知ってほしい情報だけを載せています。それを読者は毎日じっくり読む暇はないと知らず知らずに省きながら読んでいたはずです。そうした情報を選別する能力はこうした情報の荒波が来てもすぐ適応することができるでしょう。

 

しかし、今後紙の新聞が不要になり紙の新聞ではなく、まとめサイトで上位ヒットのニュースだけに触れることが当然となった時におこるのは情報に操られる世代が生まれうるということです。この「今日の人気の記事」が全部知るに値する価値ある情報とは言えません。ただ人気がある、アクセスされる記事というだけで、本質的に価値がある情報、自己を成長させる糧になる知識とはなりがたいのです。記者の意見なども新聞にはありました。しかし、今はそんなものはありません。記者の意見は埋没し、事実らしい事象に対してまた聞きのまた聞き編集者やコメント者があれこれ言うだけになりました。本当に取材した人の意見は消え失せてしまいました

 

一方で、ブログなどの民主的なメディアが登場し、誰もが自分のメディアをもつことでより開けた文化が登場する。この自分で切り開く時代が素晴らしいという意見も正解です。だから、僕が言いたいこと。それは全部読め。そして判断しろ。ということなんですよね。一概にすべてを否定することはできません。新聞は図書館に行けば読めます。ネットに載る情報以外を読めばいい。そうすると情報が複合的に入ります。新鮮な情報、ぼんやりとした情報を新聞で記者の表現力も借りながら鍛錬していくことが一番必要な能力になっていくと思います。

 

確かさにお金を支払う

今の日本人は無駄に忙しくて新聞を読まず、上位ヒットする情報だけに触れていれば何不自由なくいきれると錯覚して毎日を過ごします。むしろ、新聞にお金をだすのさえ惜しいと感じることでしょう。僕だってそう感じます。なぜなら、新聞でもネットニュースでも同じことがわかってしまうのですから、無料のほうがいいに決まってます。しかし、ネットメディアは情報の確かさがぶれまくってます。筆者もそうですが、ネットは新鮮ですが、引用もなく統計データもなくただ事実らしいことを書けばあらゆるタイムラインを流れていきます

 

情報はどんどん無料化していきますが、確かさは担保されません。その確かさの確認には膨大なコストがかかっているからです。だからあらゆる業界専門に特化した情報はネットには流れない。なぜならそれは需要はないが、価値があるからです。希少さが何よりも価値がある。昔は新鮮さに価値がありましたが、今は新鮮であることに価値はありません。ネットの登場で確かさが価値を持つようになったのです。

 

ますます個人の能力が必要になってくる

しかし、今のままビジネスモデルなら紙の新聞はなくなります。図書館だけに発行するなら年に1回ボランティアでやるほかないでしょう。確かな情報には広告を削除しプレミア会員になりネットで購読するほかなくなります。むしろ情報は無料化する一方で、質の高い情報は今よりも高価になっていくのかもしれません。僕らはニュースアプリで時短しているつもりが、確かな情報を手に入れる機会を次第に失っていきます。紙は訂正が難しいが、ネットは訂正は容易です。紙は火事がない限り残りますが、ネットはハックされたら終わりです。有形と無形だと圧倒的に無形のほうがリスクが高いのです。情報の確かさを僕らは今後様々な情報から自分で練り、自分で見つけるしかないのかもしれません。

 

コラム:有名ブロガーの記事を信じなくなった話

先日パソコンについて調べていたら、トップに出てきたのが雑記の某有名ブロガーの記事でした。中身は僕の知りたい情報どころか貼り合わせのアフィリエイト記事でした。ブログは結構ネットの上位に出てきます。そのサイトが信頼されているとGoogleに判断されていれば表示されるのです。しかし中身は真実らしく見えて実は商品紹介ブログ

 

は~萎える~

 

この点も紙のメディアとは大きく差が出てくる点でもあるように思いました。比較してはダメなんだけれど。有名ブロガーがこんなニッチなこと知っているはずないというバイアスもあったかもしれません。しかし有名ブロガーの記事はほとんど誘導で、商品につながります。それがブログ情報のデメリットです。情報が広告に操られてしまう。そんなことが起きやすいのです。

 

そんな僕も毎日スマートニュースとブログを漁る

こんなこと言っておいて、筆者は不確かな情報を書き、不確かな情報を読み漁っています。こんなに紙の新聞を押しておいて、新聞をとったことがない。TIMEしか購読したことがありません。理由は、かさばる。ゴミになる。金がかかる。KGKのせいです。そして、毎日雑多な情報に触れていると、図書館で新聞一気に読んでも大体ネットのニュースもあっていることに気が付くんです。それで納得しちゃってるんです。でも、あえて絶対なくなると思う新聞を少しでも名残惜しく思っておこうかなと思った次第です。カールのように紙の新聞が転売される日も近いかもしれませんね。そうなるとさらに紙自体の価値があがります。みんな紙のような電子ペーパーで、しわもコーヒーでにじむことのない「紙」とともに生きていく世界になっていくんだなあ。

 

以上思ったことでした。

 

追記:今回の記事を何回読み直しても文章校正がおかしい(言いたいことがごちゃごちゃ)とはわかるけど書き直したくない。めんどくさい。もういいや。とりあえず僕が言いたいのは新聞なくなるよね~。ネットニュースの情報だけじゃ不安だから紙の情報も大事にしてこうね!っていう超絶普通のことだったのでした。

 

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