明日も無色

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明日も無色

24歳で超ホワイト企業をやめて無職になった男の記録です。

【せどり・転売】物の価値を知れば本当に見えてくるものがある

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こんにちは、上の写真の加工がよくできてうれしい青色申告です。

 

最近、せどりや転売について実践してみようかなと思ったのですが、実践に移そうとしたときに様々な価値について考えてしまったのです。前職の商社を選んだのもこの「価値」について考えた結果だったのでこの際書いておこうと思います。せどりを始めようとしている人または儲かっている人を何も否定はしません。参考書もなにも読んでいないただの個人意見ですが参考になったらうれしいです。

 

【目次】

 

物の価値を見極める力

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僕はこう見えても物を見る価値があると思ってます。これは絶対価値があると思ったものはテレビ・映画化し、小学生から古本屋と本屋の往復で大半の時間を過ごしているので特に「本」の価値については自信がありました。5年前に買った画集は今絶版になり、6倍の価格で販売されていました。でもそれはほんの一部です。金銭に還元できる「価値」については統計的なデータもないので証明することができません。ただ本質的に述べれば、その物自体が持っている価値を見極めることが得意とも言えます。そんな力が身についたのも、本ばかり買っていて置き場なくなってしまったからです。いい本は数多いが、未来永劫売ることのない本質的に価値のある本だけ所有しようと考えたからです。商品との出会いはいつあるとも限りません。その瞬間で、あらゆる情報と未来予測と過去の経験で購入する必要があったのです。その結果、物の本質的な価値に着目することができました。

 

価値とは何者か

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ここで、「本質的な価値」について考える前に、準備が必要になります。そもそも、価値とは絶対的でしょうか。現在、紙幣や金といったものは「価値があるもの」とみなされています。それは万人が共通して金は希少なものとして認識し、その流通の簡易化のため「紙幣」を価値のあるものと認識させることに成功しました。また最近ではビットコインといったものから、電子マネー、はてはゲーム内通貨といった情報価値にも「価値」を見いだすことができるようになりました。しかし、そこで価値を決めているのは我々人間です。それは「価値がある」とみなしているのです。

 

さて、ここで重要なことです。「価値」とは何でしょうか。それは欲求を満たす媒体のことをさします。食欲、睡眠、健康などあらゆる自己欲求を満たしてくれる対象を価値とみなすのです。こうして考えると、昨今ではポケモンGOのセーブデータやゲーム内アイテム、web広告料などに相当の金がつぎ込まれています。目に見えないもの欲求解消をしてくれるようになったように見えますが、実際には違います。それほどまでに「物」に対して不便することがなくなってきたのです。一部の人を除けば、社会人になると電車通勤が増えます。そうなると都内だと年配の方までゲームをポチポチやっています。そうして続々と課金していきます。少しくらいならいいだろうと300円を少額とみなすようになったのです。300円で1か月遊べればそれは「価値がある」。おにぎり3個より価値があるのです。それほどまでになりました。

 

ダイアモンドと紙幣の価値

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ダイアモンドなどの宝石の希少性については、それを有することでそのコミュニティ内での所有者の存在を承認させる(認められる存在)になれるという意味においては本質的価値を有しているとも言えます。恐らく古代では、それを見つけることはたやすくなかったことでしょう。そうした苦労の証明にもなったはずです。現代でもそれは変わらず、通貨を有することでその苦労や発想からその人能力の証明にもなり様々なものと交換できるようになっています。そこにあるのは、紙幣への信用と表面上でもその人への信頼です。それが様々な情報通貨でも同様で、ゲーム内ではその人に対する功績からアイテムと交換できるようになっているのです。(なんか当たり前にこと言っちゃいました。)

 

せどり・転売での価値

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さてここで本題のせどりや転売について話を戻しましょう。以上のように電子や情報の価値が増えたといっても、物の価値は健在です。なるべく安く手に入れたいという消費者の欲望は昔から変わらないものです。せどりや転売についていえば、そうした消費者の間に立ってマッチした価格で販売するというのですから正統です。価値が合意されなければ売れないだけの話ですから。しかし、ここでいう価値とは「その個人消費者が大切と思う価値」ではありません。「販売量から計算された価値」なのです。

 

あれ?それって「本質的な価値」や「絶対的な価値」とは違うの?と思われた方もいるかもしれませんが、違います。よくAmazonでこんな本が1万円、あんなベストセラーが1円ということを見たことがあると思います。せどりをやる人は、1円で売れるものを250円でなんか買いませんよね。儲けがないですから。消費者にしてみれば1円で買えるのはうれしい話です。この場合、供給過多・不足で価格が決定されますそれぞれの価値観なんてお構いなしで決まるのがせどりや転売のなかでのものの価値です。もちろん、個人の価値の総体が供給・需要量となって現れるという意見もあるでしょう。しかしながら、常に自分の立場に立ってみればそこに自分の意見は入っていません。その時点でまやかしです。

 

「本当の価値」

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ここで一回情報を整理しましょう。価値という意味で

 

①「本質的価値

②「絶対的価値

③「個人的価値」

④「計算された価値」せどり・転売

 

以上4つ挙げました。(全部僕が今考えたやつなので教科書に出てないよ!という人には申し訳ありません。)それでは本質的価値とは何でしょうか。それは②絶対的価値と同義だと僕は考えています。内容を言うと、その物自体が有している「効果」や人間にもたらす効果が抜群にすごいということです。そうした観点からすると紙幣は大したものではありません。食べれないですし、着ることもできません。確かに価値はありますが、もしサバイバル生活になったとしたら燃やすだけになってしまいます。ここで大事なのはコミュニティがない世界での話です。その物だけが存在したときにどれだけの価値あるかの話。そんな妄想意味ない!と考えられるかもしれませんが、それが本当の物の価値なのです。何かと交換すれば価値が出るとか、誰かに受け取ってもらえば価値が出るものではなく、存在しているだけで価値があるものがそう多くはありません。

 

僕がせどりをやらない理由

ここまで考えた結果、僕はせどりや転売に躊躇してしまったのでした。古本屋に行って、100円で買って2万円で売れるアイテムを見つけたとします。しかし、本来であればそれを買うことは人生で起こりえない代物です。しかし、計算された価値では高い。個人的価値は低い。となれば、原始状態に戻って「本質的価値」はどうだろうかと検討します。本質的に見ても価値が見当たりません。そうなると買う意味は売り飛ばすためだけになるのです。そうした見極め術って必要だろうかと考えました。いらないなと思ってしまったのです。

 

僕が前職商社を選んだのは、「もの」にこそ本質的な価値があると思ったからです。もちろん商売なので「計算された価値」(市況価値)について考えて仕事もしました。でも営業をして思ったのは「市況価値」だけが売れるわけじゃないということです。最初の段階で「市況価値」を参考にしますが、最後の本質的な売り込みはその「もの」が有する商品価値だったのです。この商品がお客さんにどれだけの価値を提供できるかが本当に重要なことだったのです。そうしたことも踏まえると、せどりやるなら営業としてちゃんと消費者と対決しながら商売したいなと思ったのです。メルカリとかでしょっぱなから「値下げできますか?」とかやり取りするのはなんか違うよなと思ったのでした。一方Amazonでは、様々なPRの仕方や納品方法等策略は練れますが商売とは違います。どちらかというと効率よくいかに稼げるかに終始し、儲けを優先すると業者化はまぬかれずフリーとはどこへの状態になります。

 

最後に

以上いかがだったでしょうか。メルカリもヤフオクも出品もしたことのないのに何言ってんだといわれてしまうかもしれません。でも、もう一つ僕がCtoCでひっかるのが、そこに創造なんてなんもないなと考えちゃうわけなんです。商品を営業していると様々な問題にぶち当たります。何としても買ってもらわなければならないとなれば、あの手この手で試行錯誤します。クライアントが気に入らなければ気に入る仕様も検討します。せどりの場合、見えない消費者に対して仮想のシュミレーションでプレゼンし、出荷の手間を省くためAmazonから出荷・在庫を持たないために薄利で販売することもあると思います。そこにあるのは創造ではなく、金銭的価値の交換だけです。加えて個人でトップ目指す場合それなりに資金と時間がいるなと思いました。さらにそれって逆に仕事より疲れませんか。たぶんかなり大変そうだなと思ったのでした。

 

最近ではいい本なのになぜか1円で出品されているものが多くあります。間違いなくいい品かは置くとして、愛読している本だと少し悲しくなります。それもせどりの結果なのでしょうか。でももし僕のほうでも売れるようなものを見つけたらやってみて実体験をお話できればなと思います。今後もいろいろ調べてみます!(しかし、ジレンマなんですよね。売れそうなもの見つけて、自分も好きな奴だと売りたくない!でも家に置くと邪魔だしってなりそう。笑。)

 

以上思ったことでした。

 

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