明日も無色

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明日も無色

24歳で超ホワイト企業をやめて無職になった男の記録です。

【Youtuber】なぜ若者はテレビよりYoutube実況を見るのか【現状と将来性】

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こんにちは、青色申告です。

 

そんなわけで、今回はyoutubeの実況動画がこれほどまで人を惹きつけるのか原因と今後について考えてみたので書いていきます。

 

【目次】

 

Youtubeのコンテンツの魅力

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僕は毎日欠かさずYouTubeにログインして、何かしらの実況動画を見てしまいます。それは商品についてレビューであれば新しい情報が手に入り、ハウツーであれば勉強として見ています。しかし、一番に惹きつけられるのは、等身大の人間のどうでもいい話が聞ける点です。同じ世界に生きている人間が誰にでも手に入るゲームを実況している。それだけで「共感」ができます。ホラーゲームであれば、実況者と視聴者は驚くことができます。サバイバルゲームであれば、実況者と視聴者は一緒にサバイブすることができます。この「共感性」が若い人を中心にして流行している原因です。

 

ドラマより平凡さを求める

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テレビとの違いもここにあります。編集力はそこまで求められていません。ドラマよりも現実のハプニングのほうが身近に感じることができます。

一方テレビではすべてが編集されています。ドラマティックかつ劇的な作品が多いです。そこには「共感」というより「ハイステータス」な人の演劇です。高所得な人が無人島にいってどうするのでしょう。高所得な人がヒッチハイクしてどうするのでしょうか。顔パス状況なのに「ヒッチハイクできた」と言われても茶番にすぎません。それは、タレントがYouTuberになっても変わりません。テレビの人がYoutubeに出て商品紹介をしても実感がわきません。どうせ提供の仕事でしょ?と思ってしまいます。

YouTubeでは顔パスを求められません。がむしゃらになんでもチャレンジしている、身近な存在の記録です。そこに多くの人が惹きつけられたのです。 

 

Youtuberの高所得化

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しかし、最近ではその「共感」も薄れてきました。登録者20万人を超えた実況者はだんだん動画コンテンツが商業化し始めてきたのです。同100万人を超えたYouTuberに至ったヒカキンをはじめ軒並み商業コンテンツに飲み込まれました。彼らクラスになれば、10分の動画が数十万円以上になります。そうなれば、アクセスされる動画を取りたいとなるのは当然の流れですが、見る人はおそらく彼らのファンだけになることでしょう。理由は、ファンは彼らのすべてが見る価値のあるコンテンツといえます。しかし、そこに「共感」はありません。彼らを応援したいという、何もわからんファン根性です。そこにはもう平等はありません。YouTuberのタレント化が始まっているのです。テレビに出たり、起業したりと一般人ではなくなっていきました。 

 

生き残るコンテンツ

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今後多くの人がYoutuberを夢見て、実際に動画配信を行うでしょう。しかし、おそらく数年以内に人気はなくなるじゃないかと思うのです。というのも、今のトップYoutuberが軒並み高所得化すれば、動画内企画もますます派手になります。住んでいる環境も派手になります。豪華アパートで、「うまい棒すべて食べるまで帰れません」とかみてて何も楽しくありません。なぜなら共感がないからです。そういうのは売れない芸人がやって初めて見ていて面白いのです。「僕だったらできるかな?」とそういうレベルが必要何です。手に届きそうという感じがヒットした原因なのです。また登録者100万人を超えて仮に海外音楽グループのように数千万人の人が見るようなYoutuberになれるかを考えると、それはかなり現実的ではありません。理由はそれは個人のレベルだからです。某実況者も言っていましたが、「面白いことをやるには集まらねば難しい」と言っていました。ウームやVAZといった企業が絡んでいるのはこうした成長も視野に入れてのことでしょう。しかし、僕自身はそこまで成長できないと考えます。よくてAbebaTVで枠を持つくらいでしょう。だって、それならふつうにめちゃイケ見てたほうが楽しいんですもん。一般人のテレビみて何がおもろいんすか。ってなるからです。

 

したがって、今後Youtubeにアクセスする視聴者は等身大のアクター(新参者)とPVとハウツー動画となると思います。ニコ動よりもスマートかつ洗練されたイメージも強いのでそうした動画コンテンツで占められていくと思います。

  

コラム:Youtubeとニコ動

ニコ動はより凡人に近づくコンテンツが多いです。編集というより、生実況で誰でも共感しながら見ることができます。先日、視聴者2人という実況者の実況を見てました。2人しか見てない、瞬間的には僕しか見てないのに彼は話し続けます。「え、三島由紀夫ですか?」ってなんか感動したのを覚えています。彼は何のために実況してるんだろう。なんでと考えてしまいました。「頑張って」といって僕はブラウザを閉じ寝ました。ニコ動においてはそこまでヒットするというより実況者を救う何かがあると考えました。

 

「絶対見ててよ!!」

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僕もいつか動画配信したいなと考えていますが、その理由は誰かと共有したいという気持ちのせいでしょう。今まではシングルプレイ・オフラインでも楽しめました。しかし、年を取るとゲームをする楽しみがないのです。クラスメイトに話すわけでもない。ただ部屋でこもってゲームをしているとそうしたことを話す相手もいないので、虚無感なのです。しかし、配信をすれば多くの視聴者がいるので自分も楽しむことができます。例えるならば、子供が鉄棒で逆上がりするとき、親に

 

絶対見ててよ!!

 

と叫ぶのと似ています。誰かに見ていてもらいたい。存在を認められたいのです。こうした欲望が勝った動画でなければ新規参入は難しいと思います。「俺ならもっと面白い動画作れる」や何かしらの目的が配信には必要です。それがもし「」だけのためであれば、株やブログと同じで続かないでしょう。なぜなら初めて数カ月は50再生とか、涙の出る再生数なのですから。それでも俺は発信したい!という思い、発信し続けられることが大切なのではないでしょうか。

 

最後に

僕は、毎日YouTubeを駆け巡り、いい動画ないかなとかそんな生活をしています。先日は、検索条件1週間以内で検索し2再生とか3再生しかない動画を見ました。彼は登録者も3年で3人しかいませんでした。それでも「実況」をしていました。彼は何のために実況してるんだと思いました。それはきっと、「自分の存在」について実況しているんだと思うと「Good」ボタンを押さねばならないと感じたのでした。

 恐らく、個人事業主という形態ではYouTuberはとても夢のある職業だと思います。一定程度であれば月20万円とかで生活できるレベルにはなれるんじゃないかと思わせるような風潮があります。昨今ではYouTuber養成学校もできたみたいです。でもそれっておかしいですよね。Youtuberに求めているのはその自身の編集力も含めた独自性かつ平凡さなのに、ハイクオリティ動画でバシバシ再生数を稼ぐ動画って価値があるようには思えないし、僕は見ないなあとか思ってしまうんですよね。それでもし画一的なヒットのルールができたとしたらまた陳腐化してしまうのではないかと思ってしまいます。

 YouTubeは多くの一般人に開かれた動画プラットフォームです。それぞれが自分の目的でコンテンツを提供しています。お金じゃない何かのために作成しているコンテンツは魅力的に映ります。今後動画コンテンツがどうなるのか見守りたいと思います。以上思ったことでした!

 

昨日少しだけ考えたんです。「読まれない記事」って書く意味あるのかなとか、アクセスされやすい記事だけ書けばコスパはいいし、文章量もそこまでなくてもよい。分析すればさらにハイコスパで労力がかからないんじゃないかなとか。でも、そんなのね。どうでもいいんですよ。僕は書けることを書きたいことを書くことしかできないんだもの。

 

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