明日も無色

明日も無色

24歳で超ホワイト企業をやめて無職になった男の記録です。

インターネット社会の限界と今後のCtoCの予想の話

 

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こんにちは、青色申告です。

 

ブログを書いていて思ったことなんですが、インターネットに「真実」なんてものはほとんどないなということでした。それについて書いていこうと思います。

 

【目次】

 

紙辞書とインターネット

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今の時代、インターネットがなくてはならない存在になりました。昔は、紙辞書を使ったり、知りたい情報は本を読むというのが一般的でしたが、ググればすぐ知りたい情報が手に入ります。

 

 紙媒体とインターネットの違い情報の価値だと思います。

 

紙は簡単に訂正することができません。また燃えなければ半永久的に存在し続けることができます。そのため、情報を載せる際相当のプレッシャーがあると思います。チェックは何重にもやる必要があります。

 

一方でインターネットでの情報たちはすぐ更新されます。それは便利であり不便でもあります。「いつでも更新できる」という考えが情報を流動的にさせてしまうのです。

 

ネットの情報の信憑性

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ブログを書かれている方ならわかりますが、ブログは読まれてなんぼ、アクセスされてなんぼの世界です。とどのつまり、政府機関のHPよりトップページにでることが最重要です。なぜなら読まれなければならないからです。しかし、ここで大きな弊害が起きるのです。簡単に本当の真実の情報が知りたいという訪問者はただの一般人の書いてみた的なブログを読まなければならないという事態が生じるのです。またそのブログを信じる、いや信じていないけど脳内で確信を持った情報へ変換します。そうなると、ますます問題でブログへの不信感が高まるのです。

 

CtoCによる弊害

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そうすることで、私人間の法律問題になってくることもあるでしょう。民事、刑事で起きてくるのです。ここで重要なことをお伝えしたい。昨今CtoC万歳、利益は自分たちで稼ぐ、自分たちでコンテンツを作るぞとなったとき起きるデメリットは、「対立問題が生じたときも自分たちだけで解決する必要」が生じるのです。

今までは法人が全面的にバックアップ体制をとれました。また問題がないようなコンテンツ作成や動向抑制を働きかけてくれました。しかし個人だけになると歯止めが利かないのです。

個人というのは大きなことをするのは、それだけでリスクのあることなのです。それでは、リスクを減らすために何をするのか。前の記事にもあるように一人で相当の意識を働かせなければならないのです。法律、文章、構成、税金、営業(これは人による)、情報の収集、貯金等々、企業内で分散していたことをすべてやるのです。問題がおきないようなコンテンツを作る。そうなると、またしても個人じゃ無理だという考え方が増えるかもしれません。

しかし、今のインターネットはアシスタント機能がたくさん増えてきました。今まで人間がやってきた事務作業をロボットシステムが補完してくれることが多くなってきました。それによって人が果たす役割は「コンテンツの質」「人間観」に配慮した創造活動ということに注力するということになってきたと思います。

逆にそういった社会になっていくことは間違いないでしょう。あの膨大な無駄な資料、事務作業になんの意味があるのか、事務に追われて本質のコンテンツの質が失われれば誰にとっても不利益です。

 

今後の予想

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インターネットの情報、トップに出てくるブログの記事はなんの信憑性もありません。最近では、引用もネットのまとめサイトだったり、インターネットサイトの特集だったりして一次情報から遠ざかるような引用が多いことに気が付きます。

大学生がレポートを書くときにほとんどの人がインターネットで検索するでしょう。しかし、レポートにブログ記事が引用できません。それはただの「私見」であり、多くの課題を突破しきれていない情報なのです。今後、ブログの記事が引用されるレベル、信頼されるレベルになるには、「認証、資格、試験」などの国家資格が必要になるかもしれません。はてなブログProではなく、ブロガープロなどのような、博士のような資格が出てくるかもしれません。

 

個人としての存在

でもそんなのってブログの本当のありかたではないと思います。ブログは引用されなくてもいいじゃない。ただ、私人の私人のままのただの情報でもいいじゃない。それで誰かの心に刺さればそれだけで意味のある存在なんじゃないかなと思います。表現の自由ってそういうことかもしれませんね。

個人であるメリットは情報のミクロ性です。アクセスされるために人はまだ誰も記事にしていない特集を探しています。それは法人よりもミクロです。こんなの誰が読むんだという記事は法人では却下されますが、個人は例えば、今のどん底の気持ちとかそういった人によっては意味のある価値を提供できます。それが意味のある事のような法人との住み分けなのかなと感じます。

 

以上思ったことでした。

 

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