明日も無色

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明日も無色

24歳で超ホワイト企業をやめて無職になった男の記録です。

雷句誠・VECTOR BALL連載終了が凄く悲しい件【金色のガッシュベル作者】

 

こんにちは、青色申告です。 

今日はチョコをたくさん食べてしまいました。完全に肌が荒れまくる予感。 

今回は雷句誠VECTOR BALL連載終了のニュースがあったので、それについて書いていこうと思います。

 【4/6更新】結構読んでくださることが多いので、特にベクターボールについて加筆しました。

【目次】

 

僕の雷句誠との思い出

まず簡単に、彼との思い出を振り返ろうと思う。

あれは僕が中学の頃だったと思う。当時捻くれていた僕はシリーズものは集めるのがめんどくさいと短編集ばかりを買っていた。

尾田栄一郎のワンピースではなく、「wanted」を買ったり

久保帯人(ブリーチの作者)の「ゾンビパウダー」を買ったりしていた。

 

玄米ブレード

そんな日々に訪れたのが、金色のガッシュベルで大ヒットの「雷句誠」である。僕は金色のガッシュベルよりも「玄米ブレード」を最初に購入した。

お金のない当時、ブックオフで100円の玄米ブレードを読み、定価でもかなり価値のあるガッシュの雰囲気を味わおうとしたのである。

この作品は是非読んでいただきたいのであるが、これがthe・少年漫画という熱さと情熱のあるかっこいい漫画なのである。イケメンも美女も出てこなければかっこいい作画表現があるわけでもない。しかしそこには、まぎれもない「ヒーロー」が描かれているのである。万人受けはしない。冷めた読者には50円の価値もないだろう。しかし、当時のざ・少年だった僕にはどんぴしゃりで感銘を受けた。

 

これだよ。

このかっこよくないヒーローが本当のヒーローじゃないか

 

と思ったのを記憶している。短編集の特に『ヒーローババーン』が一番好きだ。一番ダサい雰囲気を醸し出しているが、そこに僕は「これはいい漫画だ!」と思ったのだ。何度読んでも素晴らしい。今では1円かもしれない。それでもいい。

俺が読んで価値のあると認めればそれでいいじゃないかと思っている。

玄米ブレード 雷句誠短編集

金色のガッシュベル 

そして、僕は貯金を携え高校に上がり、金色のガッシュベルをそろえることになる。しかし、ご存知の通り金色のガッシュベル今でもブックオフで品切れになるほどの名作である。

 この歌も当時の学生は口ずさんだことだろう。

youtu.be 

この作品の魅力を語るには言葉を尽くしても足りないが、その魅力は「能力ではない強さ/各登場人物の短くも濃い感情表現の凄さ」であるといえる。魔界の王を決める100人の魔物の戦い。なんてことのないテーマ。しかし、これほどまでにヒットしたの数話完結でそれぞれの魔物の緻密な感情表現にあったと思う。完全に僕の感想になってしまうのだが僕は「ヨポポ」「バリー」「カエル」(名前忘れた)が好きなんだ。ええ、もうなんかすきなんだ。そして、あの熱い描写は胸を熱くさせる。濃く熱くかっこいい。もはや最強だ。その他名場面のことばを引用しておくとしよう。

 是非当時を社会人の諸君は再び読んでほしい。思い出してほしい

 

勇気の形がここにある。

 

しかし、そんなガッシュベルも終わってしまった。あれは、僕が図書館で受験勉強をしていた時。休憩にコンビニに行ったら最終巻が売っているじゃないか。「なんで清麿泣いているんだ。。いつのまに、なぜ。。」と唖然としたのを覚えている。当時はすでに受験の忙しさから漫画のチェックは怠っていた。そのミスのせいである。

ブラゴとの決着。予想通りではあった。清磨の卒業。予想通り。みんなのその後。予想通り。でもな、なぜかページを読み終えて、本を置いて背表紙見た瞬間に俺のこれまでも終わった気がした。

どうぶつの国

それから雷句はどうぶつの国を発表する。僕はね、今でも好きになれなくて買ってないんだ。これはまだ俺にはわからない。そう思っている。なんだこれは、ガッシュベルや玄米ブレードはどこへ、ヒーローはどこへ。(たぶん、擬人表現が僕は嫌いなのだ。昔の皮肉小説や記事を思い出す)表紙は超好き

VECTOR BALL

それでも、僕は待った。雷句ならかっこいい漫画が描けると待った。

そんなある日、僕は本屋でVECTOR BALLに出会った。数年前、本屋ではほぼ1冊分をキャンペーンで立ち読みができるようになっていた。さまざまなファンがガッシュベル」の再来と喜んだ。そこには確かに「どうぶつの国」とは違う、どちらかというとガッシュベルに近い作品があったのだ。ギャグあり、熱さあり、能力者ありの訳あり主人公。きっと多くの人が清磨を想起したと思う。

 でも、僕は買わなかった。漫画にありがちな1巻でひきつけて2巻でだれるなら買う価値などないと思ったのだ。僕は雷句という作者が好きなのではない、好きなのは作品なのだ。価値ある作品は誰が書こうと価値のあるものになる。多くの心を動かし、楽しませるのだ。僕は作品の熟成を待った。いや、願った。きっと僕の泥沼の人生に唯一の光のような作品、元気を与えるような作品になるはずと。

 

僕の漫画ほしいリストには

もうVECTOR BALLしかなかった。

 

VECTOR BALL連載終了

 そんな中、Twitterで流れてきた。この記事。

おいおい、そんな。。。と思った。僕がどれだけ楽しみにしていたかわかるかい。僕はリアルタイム読者じゃなかったけれど、待ってたんだ。粘り強く書いてくれることを。とても残念だった。

ブログを読ませていただくと、「自分の力不足」が原因と言葉にしていた。厳密にはアンケートが取れなかったこと=実力がないという意味だろう。僕はそうは思わない。雷句は相当の実力者だ。アンケート位なんだ!!と思ってしまう。しかし、冷静に考えてみると、彼も出版社に所属する会社員的な位置づけで、編集者も会社に所属するサラリーマンだ。そうなれば、会社の業績に貢献する、アンケートの競争にも勝たねばならない。それが商業漫画家なのかもしれない。そうなると自分の書きたいものが会社の動向に反すれば、自ずとモチベーションも下がってしまうだろう。もし描きたくもない、面白くないと作者自身が感じたもので人をどうやって楽しませるのか。僕には無理だ。作者と登場人物にずれが生じれば、描くのが楽しくなくなってしまえば、自ずと作者は登場するものに感情をこめられなくなり、仕事になってしまう。それは地獄なんじゃないだろうか。僕自身も作品を作ってきた。お金なんかもらえなくていいから、本当に主人公がワクワクするもので、読み手をワクワクさせたいというのが作り手なのではないだろうか。

 

アンケート評価制度

またアンケートについて考えてみると、アンケート制度は今後ますます厳しくなってくるのではないか。雑誌の発行部数は年々減少し、頼るべきは電子媒体だが、多くが無料漫画+広告収益または人気作の出版化。その増えすぎた出版物と少子化及び媒体利用者の分散化によってアンケートという昔からあった評価方法が無意味なものになりつつあるのではないか。新しい作者の評価方法が必要だ。

こういう僕はアンケートを小学校のころから送ったことはないガッシュの魔物デザインも送ったことはない。しかし数千冊の漫画に囲まれて生きている。ガッシュのカードは毎週買っていた。魔物デザインを見ては、こんな魔物いたら「反則!!」と笑っていた。僕は心の底からいい漫画書くなーと思っていた。そんな読者がこのシャイ大国日本にどれくらいいるだろうか。間違いなく潜在的に多くいる。昔ながらのファンを置いていく出版業界はどんどん再編されていくだろう。

 

最後に

僕は先ほど雷句は好きじゃないといったが、厳密にいえば雷句のプライベートなどどうでもいい。俺は

 

感情がこもった生き生きとした作品が読みたいぞ!!

 

ということだ。先日久しぶりに、実家にしまってあった玄米ブレードを読んだ。そこに四コマがあって、雷句が「お前をかいてる時が一番楽しかったかもしれないな」とつぶやいていた。今後も楽しく描いてほしい。

 

まとまりのない感想文になってしまったが、僕はまた待とうと思う。

次回作に期待したい。VECTOR BALLも一気に読もう!!

 

ashitamomusyoku777.hatenablog.com

 

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